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福祉のみかた 第3回

児童待機問題や保育士不足は、保育所だけの問題なのでしょうか?

社会の少子高齢化が、他に例のない早さで進む日本。 子どもたちが減り、働き手となる人材が不足してしまうのは、これからの日本にとっての大きな不安要素です。それを改善するためにも、子育てをしながら働ける環境を整えることが社会にとって重要なのは明らかなはずです。
それなのに、いわゆる待機児童の問題など、実際の保育の現場においては、子どもを預ける側にとっても、預かる側にとっても、とても多くの課題があるように思われます。

そんななか、国は「保育士等キャリアアップ研修*1」という制度を新たに設け、都道府県に実施を求めました。
保育の場で働く者のキャリアパスを支援するこの制度には、いったいどんな意味があるのでしょう?
また、この制度によって、保育をめぐるさまざまな課題は、はたして改善されるのでしょうか。

たくさんの刺激と新たな気づきがあると思います 遠藤久江

研修を活用しながら、キャリアの先にあるものについて考えてほしいですね

保育の受け皿が足りない、とよく言われますね。そこには、新しい保育所をなかなか増やせないという器の問題があるわけですが、そこで働く保育士も集まらないという人材の不足についても、実は深刻な問題となっています。また、仮に施設や人材が「量」として足りたとしても、はたしてそこできちんとした保育が実践されるだろうかという「質」についても、保育の重要なテーマになってくるはずです。この人材の側面に着目して、保育士の処遇改善にリンクしながら、質を向上しようとする試みの一つが、この「キャリアアップ研修」だと言っていいでしょう。
この研修制度には、日常の業務の先にある、より広い視野を持った保育や教育について学ぶだけでなく、同時に受講者に対する処遇の向上を財政面でも支援する仕組みも用意されています。このような環境は、いわゆる潜在保育士を掘り起こしたりするのにも、一定の効果があるかもしれません。
日本社会事業大学が、埼玉県と連携してこの制度を初年度から行っているのも、研修の質を担保するためにも重要な働きだと思います。
この研修は受け身ではなく、せっかくの機会だから「自分のステップアップのために利用しよう」という気持ちで積極的に受講すれば、沢山の刺激を受け、新たな気付きもあって、保育士としての将来像も描けるのではないでしょうか。

保育士をやり続けることはなかなか難しいことかもわかりません

もちろん、昔に比べれば、保育士が働く環境はずいぶん改善されています。保育士一人が受け持つ子どもの人数は見直しがなされ、働きやすくなってきていますが、それでも、自治体によって異なりますが社会全体からすると給与水準が低いうえ、キャリアの将来像も描きにくいという根幹の部分は、やはり変わっていません。そんな現状で、保育所が抱えている多様な課題に即応出来る能力を保育士に期待することは酷というものでしょう。
もともと保育士になる人は、子どもが好きで、親と一緒に子どもの成長を喜び合いたいという、熱い想いを抱いて仕事に就く方が多いのではないでしょうか。けれど、毎日子どもと接するなかで、保育士が自らの力量を高めていくことは、案外難しいのではないかという気がします。なぜなら、保育士は日々の子どもの成長を通してたくさんの喜びを体感することで、満足感をわりとすぐに得てしまうからです。
子どもの成長に自分がどう関わることができたのかをしっかり考えたり、分析できていないうちに、子どもはどんどん育ち、巣立っていきます。つまり、自分の仕事を客観的に評価したり、振り返ったりすることができないまま、日々新しい課題に直面していくので、結果的に「これでいい」と自分のなかで完結してしまうのかもしれません。
一方で、職場での人間関係や保護者との対応などには、悩ませられることも多く、疲れてしまう保育士が少なくないように思われます。それに、いわゆるベテランといわれても処遇面はあまり変わらないなか、女性保育士の多くは、自らの結婚や出産などにより保育が中断されたり、これまでの働き方を続けていくことは難しいと考え、退職してそのまま職場へは戻らない、というパターンになってしまうのではないでしょうか。
保育士としての自分を見つめ直すうえでも、また、将来の道筋について気づき直すうえでも、キャリアアップ研修を活用できるのではないかと思いますよ。

3-5歳児就学前教育担当者の年代分布(OECD,2014)
家族類型別一般世帯数の将来見通し
【出典】厚生労働省:キャリアパスの構築を目ざして:育ち合うリーダーと園のために p.7

保育士たちは、学校で学んでこなかった課題に直面しています

では、どのような知見やスキルが、これからの保育士に求められているのでしょうか。

たとえば、「保護者の無理な要求にどう対応するか」とか「家庭内の問題を持ち込まれたときにどう解決するか」とかいったテーマを、保育士たちは養成カリキュラムのなかでは学んでいません。学んでいないのに、現場では対応していかなければならないことが、とても多いのです。
子どもの世話をし、健康を守り、一緒に遊び、成長を促すだけではなく、いろいろなタイプの保護者たちと向き合っていかなければならない。こうしたすべてのことを、一人で背負い込んで疲れてしまい、辞めていってしまう保育士たち。人材を失う大きな理由は、処遇の低さよりも、日々対面する複雑な問題への対応の難しさにあるのではないか、と思ってしまうほどです。
ただ、そのようなさまざまな対応そのものを、保育士自身がすべて行っていくことは、とても難しいことです。ですから、保育所に今必要とされるのは、そのような困難に接したときに、個人としてではなく、保育所という組織としてどのように対応すべきかを考えていける、マネジメント力ではないでしょうか。
実際に厚生労働省が掲げている保育士等キャリアアップ研修ガイドラインのなかには、保護者支援やマネジメントも研修内容として組み込まれています。

ソーシャルワーカーを保育所に配置することで、保育士の退職に歯止めを

今、保育所が直面しているさまざまな保護者への対応を、保育士に求めることに(勿論、主任や園長が担っていることも多いのですが)そもそも問題があるのではないかと、これまでずっと考えてきたのです。
解決の方策は、ソーシャルワーカーの配置ではないでしょうか。保育士は保育の専門職ですが、家族が抱えている問題や地域社会から期待される役割を実現する専門家ではありません。それは、ソーシャルワーカーの仕事です。預けられる子どもの家庭が抱えている問題と、それに気づいて「なんとかしたい」と考えている保育士の想いとを受け止めて、解決へと導く。社会的な解決方法について学んでいる専門家が、ソーシャルワーカーなのです。保育所として組織的な対応ができ、保育士の苛重な負担は軽くなりますし、苦しんでいる保護者や子どもにとっても、問題を解決してもらえるのはありがたいはずです。
ソーシャルワーカーという専門職を保育所に置くことが、保育士の退職の歯止めとなるだろうとずっと考えてきましたが、昨年8月に厚生労働省が発表した『新しい社会的養育ビジョン』に、まさに保育所や子育て支援への場にソーシャルワーカーの配置が提言されていました。多額の予算が必要になるでしょうから、すぐに実現することは難しいかもしれません。しかし、いつの日か、保育所にソーシャルワーカーがいることが一般的になり、保育所が真に地域に貢献できるようになる日が来ることを期待したいですね。
多様な専門職を配置することで、保育士もそこから「見て学ぶ」ことができます。今は看護師が配置されている保育所が多いのですが、看護師が子どもたちの健康をチェックして判断する様子を毎日見ているうちに、子どもとどう接すれば健康への配慮ができるかわかってくるようになります。それと同じように、ソーシャルワーカーの働き方を見ることで、保護者への接し方がわかったり悩みを受け止めることができるようになったりするでしょう。

働きながら子育てをしている人たちは、保育士の言葉かけに励まされます

つまり保育は、社会福祉のなかの児童福祉という分野としても位置づけられるわけです。「誰もが安心して生活するために」という福祉の考え方は、特に支援が必要な人にだけでなく、誰にとっても基本となる精神ではないでしょうか。
私が理事長を務める、二葉保育園という社会福祉法人は、1900年に「貧しい子どもたちにも保育を」という祈りをもって創設されました。華族女学校付属幼稚園に勤めていた、野口幽香と森島峰という二人の創設者は、貧しい子どもたちの様子を「見るに見かねて」行動したのでした。この「見るに見かねて」という行動こそが、社会福祉の原点ではないかと私は感じるのです。
開園から100年以上の時が流れ、社会もさまざまに変化してきましたが、創設者の想いは、今もしっかり受け継がれ、いつの時代にも必要とされていることに向き合って歩んでいます。
「見るに見かねて」とは、相手の置かれた状況を理解して手を差し伸べること。それは、思いやりの気持ちにつながります。保育にも、思いやりの気持ちが必要ですね。たとえば、保護者たちに対して「職場ではどんな様子なのか」「週末をどう過ごしたのか」といったことに思いをめぐらせていれば、子どもの送り迎えのときにちょっとした言葉かけができます。働きながら子育てをしている人たちは、保育士のちょっとした言葉かけで励まされ、癒されるものです。

保育所と地域社会は切っても切り離せない関係です。保護者は、皆地域社会の住民なのですから。保護者は保育所に子どもを預けることを通して、助け合う仲間として成長していくと思います。
「自助」「公助」「共助」とよく言われますが、この地域や市民レベルの支え合いとしての「共助」に貢献できるのが、これからの保育所だと思います。ソーシャルワーカーが問題解決のために地域のネットワークをつくり、思いやりの気持ちをもった保育士が心に寄り添ってくれる場所。私は、保育所は「共助」の発信基地になれると確信しています。


写真左:野口 幽香、右:森島 峰

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〒204-8555 東京都清瀬市竹丘3-1-30
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