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福祉のみかた 第5回

「少子高齢化」が進むことで、これからの社会はどうなっていくのでしょうか?

長寿大国、日本。
科学や医療の目覚ましい発展により、日本は世界でもトップクラスの長寿国となり、多くの高齢者が生活を営んでいます。
その一方で、生まれる子どもの数は、年々減少しており、現代の日本は「少子化」と「超高齢化」という大きな問題を抱えています。

「少子高齢社会」がもたらす問題とは、いったいどんなものなのでしょう?
そして変化していく社会に、私たちはどう向き合い、どう対応していけばいいのでしょうか。

これまで誰も経験したことがない社会を、私たちは生きているのです。

世界のトップをゆく「超高齢」な社会

今のお年寄りたちは、戦後復興の時代を過ごしてきた人たちです。高度成長期を経て、激動するさまざまな時代を生き抜いてきました。

先進諸国に追いつけ追いこせでやってきた、その記憶は、世の中全体の意識にも反映されているように思われます。つまり、日本はまだ若い国だという意識が、今でもどこかに残っているのではないでしょうか。

たしかに1980年代の日本は、人口全体に占める65歳以上の高齢者の割合、つまり高齢化率が、先進諸国のなかでは低い方でした。ところが、1994年には高齢化率が14%を超えて、国連の定義でいう「高齢社会」となったのです。その割合はどんどん上昇し、2007年にはついに21%を突破。先ほどの定義に当てはめれば、それは「超高齢社会」ということになります。

高齢「化」社会という言い方がいまだに使われていますが、実は日本はすでに世界のトップをきって、超高齢社会そのものになっているのです。

高齢化率40%の社会が意味するものとは

しかも、これからも少子化が進行すれば、高齢者の数は頭打ちになったとしても、日本全体の人口も減り続けますから、高齢化率はますます上昇していくでしょう。

現在の若者が高齢者となる2065年頃には、高齢化率は40%近くに達するのではないか、と推計されています。先進諸国の、同じ頃の高齢化率の平均は30%弱の予測ですから、日本の高さが際立ちますね。

数字ばかりでは、わかりにくいでしょうか。では、たとえば、現役世代が高齢者を支える構図を思い浮かべてみましょう。日本が今より若かった1960年代の高齢化率は、まだ6%前後。1人の高齢者を多くの現役世代で支える、「胴上げ」のような状態でした。それが今では、2.3人で1人を支える、いわば「騎馬戦」の状態。現役世代の負担が大きくなってきていることが、よくわかりますね。

では、先ほどの高齢化率40%に迫る2065年というのは、どのような状態でしょう? それは、1.3人で1人を支える構図。ほとんど「肩車」のようなこの重い負担に、はたして社会は耐えられるのか。誰もが大いに不安を感じて当然だと思います。前回の国政選挙のときに、このような見通しが「国難」と呼ばれましたが、決して大げさな表現ではないのです。

 
高齢化の推移と将来推計
資料:2015年までは総務省「国勢調査」、2016年は総務省「人口推計」2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」の出生中位仮定による推計結果 「平成29年版高齢社会白書(全体版)」(内閣府)を加工し作成
資料:2015年までは総務省「国勢調査」、2016年は総務省「人口推計」2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」の出生中位仮定による推計結果
「平成29年版高齢社会白書(全体版)」(内閣府)を加工し作成

支えられるだけでなく、誰かを支えていく存在に

その構図を、社会保障のあり方に重ねてみれば、超高齢社会が抱える大きな課題がはっきりしてきますね。現役世代が高齢者を支えるこれまで同様の仕組みのままでは、もう社会全体が成り立たない、ということです。

ですから、たとえば介護保険制度は、2000年から始められましたが、そこには共同連帯の理念が反映されています。介護に要する費用を高齢者自らも負担する仕組みが、あらかじめ用意されているわけです。

特に、人生百年ともいわれるこれからの時代では、現役から退いた後も、人は何十年という長い時間を生きることになります。高齢者も、支えられるだけでなく、誰かを支えていく存在とならなければ、社会の活力が失われてしまいます。だからこそ、高齢者にも社会参加を求める必要が出てくるわけです。

実は、今から半世紀以上も前に作られた老人福祉法でも、健康に留意してできるだけ社会参加をすることが、既に促されています。そうは言っても、まだ意識が全体に低く、地域社会の活動に参加している人の割合は1980年代後半でも4割ほどでしたが、現在ではそれが6割程度に高まって来ています。高齢者の意識も少しずつ変わってきている、といえるかもしれません。

地域包括ケアシステムの深化で、生きがいや活躍の場を

こうした、社会参加を促す取り組みは、団塊の世代がみな75歳以上となる2025年を目指してすすめられている地域包括ケアシステムにも反映されようとしています。

このシステムにおける高齢者は、元々生活支援・介護予防といったサービスの提供を受ける「支えられる」存在でした。しかし近年は、健康な高齢者には、サービスを提供する側、つまり「支え手」として社会参加してもらおうという考え方が出てきています。高齢者に生きがいや活躍の場を提供することで、社会保障の持続可能性を探ろうとする取り組みですね。

とはいえ、元気な高齢者が増えるなか、地域社会の活動に参加する高齢者も増えてはいるものの、その内容は、趣味の域を出ない活動がまだほとんど、という現状でもあります。

元気な高齢者は支え手に、というメッセージをもっと呼びかけていくとともに、ケアシステムを更に推進し、より広い世代や領域に対応できるような仕組みをつくっていくことも欠かせません。そして、そういった取り組みを深化させる構想が「地域共生社会」なのです。

長く生きていれば、誰もが高齢者になるのです

一方、こうした高齢者自身へ向けた将来の方策を考えながら、当事者としての身近な課題にも関心を持ちたいところです。

たとえば、高齢者だけで暮らすのではなく、家族と一緒に暮らす高齢者は約4割ほどで意外に多いと思われるかもしれませんが、同居しているその家族の3分の2は、実は単身者なのです。高齢で病弱な親を、同居する中高年の子が一人でケアする状況に支援策を講じることが急がれます。

また、老後への関心が高まるなか、ドラマや小説などで「定年後」がテーマとなることも増えています。そのなかでは、仕事ひとすじだった男性が退職後に行き場を失う、という設定が多く見られます。たしかに考えなければならない課題なのですが、より先まで見れば、平均寿命の長い女性の方が、老後に独りで暮らす期間が長いはずでもあるのです。男女を問わず、生涯を独身のままで過ごす人も多くなるかもしれません。
つまり、独り暮らしの社会のあり方を見据えることも大切になるのです。超高齢社会において、地域共生が不可欠であれば、すべての世代がその構成員になるわけです。ですから、高齢者になってから初めて「支え合い」を意識するのではなく、早いうちから社会参加の意識を持っていれば、より自然なかたちで地域社会に溶け込んでいけるはずです。



といっても、別に大それたことをする必要はありません。たとえば、お隣のお年寄りのゴミ出しや草むしりなどを手伝ったり、自分の買い物ついでに必要なものを買ってきたり。そんなちょっとしたことが、社会参加の第一歩だと思いますよ。


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