(福)JHC板橋は“共同で”“調和を持って”“交流する”という意味でネーミングされ、1983年に設立されました。当事者である精神疾患の方たち自身が、地域の構成員として、自分たちの街の担い手になっていくというのが出発点でした。
それは当時の板橋区の基本構想である“健康を大切にし、支えあう温かい街作り”というものにも合致していましたので、役所や街の人も理解をしてくれました。
ピアカウンセリングを最初に知ったのは1986年でした。ピアカウンセリングは支えあうということがキーワードになっています。精神疾患を経験した人が参加し、その経験を活かしてまた違う参加者の力になることができる、相互支援の手法として開発できるのではと考え導入しました。
始めた年には想定していた以上の批判がありました。精神障害を持っただけでも大変なのに、なぜその気の毒な人たちに人助けをさせるのか?と。特に精神科のお医者様からそういう声が上がりましたね。
でも、いつまでも特別な人扱いでは、その人たちは社会の片隅でしか生きられなくなる…。そう信念を持って実践し続け、5年目になってやっと反響が出てきました。
精神疾患に限定しないで、乳がんの女性たち、介護に疲れてしまった方、DVの被害にあった女性などに対しても行われています。
以前は“当事者のために”だったのが、“当事者とともに”になり、最近では“当事者によって”ソーシャルワーカーが学ばせていただいていると感じています。
(福)JHC板橋は相互支援の場としてのクラブハウスでなければなりません。利用していただく精神疾患の方たちに、“自分たちには優秀なマネッジドケアさえあれば、過去の経験を活かして仲間を支援することができるんだ”ということを実感していただきたいのです。
だからソーシャルワーカーは、こうしなさいああしなさいと言うのではなく、その人が潜在能力を発揮するための、エデュケーションサポートするのが役目。その意識なしにソーシャルワーカーは務まるはずがないと思っています。
私に“このままでいいんだ”と感じさせてくれたのは、ゼミ生たちでした。卒業したての学生たちが持つ、フィルターをかけない新鮮なまなざし。みんな素直で、素朴なんです。
生まれながらそういう資質を持っていたということもあると思いますが、この大学の学問がそうさせたところもあると感じています。どの先生たちも人間の尊厳というものを教えますから、学生たちもそのことを肌で感じたりするのでしょう。
若い人たちには、あなた方が持っている自分らしいところを大切にしてもらいたいと伝えたいですね。そして誰もが自分らしくありたいと願う思いを、自分のことのように受け止めて、その人が挑戦していけるよう支援をしてあげられる人になっていただきたい。そういう人が増えれば、相互支援と地域貢献が、一つの街に生まれた1本の心の木になっていくのだと思います。
略歴
1973年 立正大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程修了。
2006年日本社会事業大学(論文)博士号取得。
1968年 東京都精神衛生センター研修生を経て社団法人翠会成増厚生病院精神科ソーシャルワーカーとして22年間勤務。
1983年、精神障害者の地域生活支援団体JHC板橋を設立。
2006年、社会福祉法人設立し理事長に就任、現在に至る。高等看護学校、東京大学医学系精神保健分野、東京医科歯科大学、明治学院大学等非常勤講師。
1998年、日本社会事業大学教授、2006年、日本社会事業大学専門職大学院客員教授、現在、山梨県立大学教授、本学専門職大学院非常勤講師。
担当科目
当事者活動支援法
主な研究分野
精神障害者の参加・協働型地域生活支援システム
著書
『精神保健福祉士の基礎知識』編著(中央法規出版)
『精神保健福祉援助技術総論』編著(中央法規出版)
『精神保健福祉論』共著(中央法規出版)
『新精神医学ソーシャルワーク』共著(岩崎学術出版)
『精神障害リハビリテーション学』共著(金剛出版)など
コメント
精神保健福祉領域の実践を通して、人間の福利を増進する普遍性の観点から、コミュニティソーシャルワーク機能を探求。その役割は実践上にも政策上にも、より深い人間理解と広い視野に立つケアマネジメント修士に嘱望されるものであると考える。蓄積された実践経験を生かした実証的研究の道程を共に歩みたい。