16多様化している日本で
公平な社会をデザインするには?

解に挑む研究者
ヴィラーグ ヴィクトル准教授
社会福祉学部 ソーシャルワーク学科
- Profile
- 日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科博士前期・後期課程修了。日本社会事業大学社会事業研究所共同研究員、東京外国語大学多言語・多文化教育研究センターフェロー、日本学術振興会特別研究員、長崎国際大学人間社会学部社会福祉学科講師を経て、2022年から日本社会事業大学社会福祉学部准教授。
【専門分野】
ソーシャルワーク理論、多様性、国際社会福祉
多様な人々の共生が進む日本社会において、言語や文化、性自認、性的指向の違いによる差別や抑圧、制度の狭間に取り残されているマイノリティの存在は、ますます社会課題化しています。公平な社会の実現に向け、マジョリティ側の「当たり前」を問い直し、個々のアイデンティティに応じた支援モデルを導き出す、ヴィラーグ・ヴィクトル准教授の取り組みをご紹介します。
#文化の多様性#性の多様性#グローカル
SDGsアクション
社会学をベースに
多文化ソーシャルワーク
研究の道へ
私が研究者を志した原点は、「人と社会の関係」を深く知りたいという純粋な関心にあります。故郷のハンガリーを離れ、初めて日本を訪れたのは、2002年のことです。日本の様々なサブカルチャーや社会に対する強い興味を胸に、東京大学の文学部で社会学を専攻しました。やがて福祉社会学のゼミに進み、介護施設でのボランティア活動や医学部の看護・保健系の講義にも積極的に参加するなど、福祉の学びや研究にのめり込むようになりました。
「多様性とソーシャルワーク」を研究対象とするようになったのは、卒業論文のテーマを「介護サービス提供側から見た外国人介護労働者の受け入れ」としたことがきっかけです。彼らは労働者であると同時に、地域住民でもあり、様々な生活ニーズももっています。しかし、当時の日本はこうした人々を支援する体制が十分に整っているとは言えない状況でした。そこから「多様なルーツをもつ人々が、どうすればこの社会で共に幸せに暮らせるか」という問いを抱くようになり、多文化共生や多様性と社会福祉・ソーシャルワークの関係を探究する現在の道に進みました。

専門職の文化的な
対応能力を育み
性の多様性について
ソーシャルワーク的に捉える
私の研究は、主に2つの柱で構成されています。
1つ目は、修理論文と博士論文から取り組んできた「多文化ソーシャルワーク教育プログラムの構築」です。日本には古くからアイヌ民族や在日コリアンの方々が存在し、近年では様々な理由で日本に住む外国人も増加しています。しかし、従来のソーシャルワーク教育には、多様な文化をもつ人々への具体的な支援技術が十分に盛り込まれていませんでした。そこで私は、支援者が、自分と異なる文化的な背景をもつ人々を理解し、適切に対応するための「文化的力量(cultural competence)」という概念に着目しました。海外の先駆的な取り組みの調査を参考に、文化的力量の自己アセスメント・テストの日本版や文化的力量の基本が身につく教育プログラムを開発し、実験的な教育介入研究を通じて、専門職の文化に関する認識・知識・技術が向上する効果を確認しました。これにより、日本の社会福祉・ソーシャルワークにおいて多文化共生社会の実現を促すために、「文化の壁」を乗り越える一つの具体的な道筋を示すことができました。博士論文は、一定の学術的な評価を得て、単著『多様性時代のソーシャルワーク ―外国人等支援の専門職教育プログラム』(2018年、中央法規出版)として出版に至りました。

2つ目は、「LGBTQ等の性的マイノリティとソーシャルワーク」に関する研究です。文化的力量の研究を進めるうちに、国際的な理論的動向と同様に、日本でも「文化」という概念を、国籍や民族だけでなく、セクシュアリティのあり方も含む広義のものとしてとらえ直すべきと考えるようになりました。国際的な基準では性の多様性への配慮は当然の責務ですが、日本の福祉業界ではまだ取り組みが始まったばかりです。 社会福祉士等の『ソーシャルワーカーの倫理綱領』にもあるように、生物的・心理的・社会的・文化的・スピリチュアルな側面からなる全人的な存在として人々を捉える多角的な枠組みを用いて、セクシュアリティのそれぞれの側面や性の多様性についてソーシャルワーク的な理解を示しました。また、LGBTQ等の人々が抱える特有の生活課題・社会問題を統計的に把握した上で、差別に立ち向かい、個人の尊厳を守るために必要なソーシャルワークの実践原則について整理しました。この一連の研究成果は、開拓的な社会福祉実践の重要な知見として『エンサイクロペディア社会福祉学 第2編』(2025年、中央法規出版)にも掲載されています。
誰もが、自らのアイデンティティや属性を理由に排除されることなく、必要な支援を受けられる社会システムの設計に寄与することが私の研究の使命です。
構造的な不利益を
解き明かす「交差性」と
世代を超えた
トラウマへのアプローチ
現在は、さらに複雑な社会構造に迫るべく、「交差性(intersectionality)」という概念を軸に研究を進めています。交差性とは、複数のマイノリティ性(属性)をもつ人々が、社会の中でどのような複合的な不利益を被っているかを考える視点です。たとえば、「外国人であること」と「性的マイノリティであること」が重なったとき、社会の中で複数の差別的・抑圧的な構造に同時に直面するため、その人が抱える困難はより複雑で深刻なものとなります。この概念を用いて、見過ごされがちな当事者一人ひとりの生活体験と、社会に潜む構造的な問題を結びつけながら、より実効性の高いソーシャルワークのあり方を模索しています。
また、将来的には「集団的・世代間トラウマ」というテーマにも挑戦したいと考えています。アイヌ民族や琉球民族、あるいは在日コリアンの方々のように、植民地主義や差別的な歴史を通して経験してきた長年の苦難の記憶は、世代を超えて現代の差別・抑圧構造と生活課題や心身の健康に影響を及ぼしています。昨今では、漫画などのエンターテインメントを通じて、アイヌ文化への関心が高まってきていますが、背後にある歴史的トラウマにもきちんと向き合う必要があると考えています。
研究を進めるうえで大切にしているのは、被差別・被抑圧のマイノリティ性をもつ当事者の視点を忘れないことです。彼らが私の論文を読んだときにどのように感じるか、使う言葉一つにも細心の注意を払っています。一方で、しばしばマジョリティ側に立つ日本のソーシャルワーカーや政策策定者、あるいは一般市民にとっての「わかりやすさ」や「受け入れやすさ」も念頭においています。研究成果が広く共有されなければ、結果として社会を変える力にはつながりにくいためです。研究を発信する際には、常に両者のバランスを意識しています。
さらに、自身の研究を英語に翻訳した際、概念や理論枠組みの面で、グローバルな社会福祉・ソーシャルワーク領域において通用するものになっているか、「ソーシャルワーク」という学問分野の発展や専門職アイデンティティの強化に貢献できているかという点も重視しています。
目指すのは、多様なアイデンティティや社会的な立場にかかわらず、誰もが包摂され、公平に社会参加できる未来です。一人ひとりのニーズに応じた社会保障制度や、適切なソーシャルワーク実践を含む支援体制が整備されれば、その実現に近づけるでしょう。私の研究が、その一助となれば幸いです。

福祉を学ぶ人へ
ソーシャルワーカーの仕事とは、人々の生きがいをともに探し、世間の歪みと戦う「社会正義の仕事」です。そのため、社会や福祉業界の中に潜む「当たり前」や「常識」を疑い、クリティカルに思考し続ける姿勢が欠かせません。「ソーシャルワークとは何か」という根本的な問いを忘れず、多様な人々の声に耳を傾けてほしいです。高い専門性と情熱をもって、様々な当事者と他の専門職との懸け橋となり、誰もが包摂される地域共生社会をつくりましょう。差別や抑圧もなく、一人ひとりが自分らしく胸を張って生きられる未来を一緒に目指しましょう。