19真の「平等」の実現に向け
制度からこぼれ落ちた人々を支える
法的アプローチとは?

解に挑む研究者

梶原 洋生教授

社会福祉学部

Profile
日本社会事業大学社会福祉学部教授。
【専門分野】
福祉法学、司法福祉

「平等」を掲げる法のもとにあっても、障害や高齢、性別、環境など、さまざまな背景により支援の枠組みからこぼれ落ちてしまう人々は少なくありません。一人ひとりを支えるには、具体的にどのようなアプローチが必要なのでしょうか。裁判史や過去の判例などを検証し、制度の狭間に潜む生きづらさの解決に挑む、梶原 洋生 教授の研究をご紹介します。

#権利擁護#法律#制度

SDGsアクション

すべての人に健康と福祉を 人や国の不平等をなくそう 平和と公正をすべての人に

日本国憲法についての学びが
「法とは何か」という
問いの原点に

小学生のときに日本国憲法を読み、その前文に惹かれて研究者を目指すようになりました。社会や人類の不条理を見つめながらも、なお人を信じようとする姿勢が叫ばれている文章は、まるで詩の文体で読み手に語りかけているようで、強い関心を抱いたのです。

大学では法学部に進学。世界における人権の歴史を学んでも、例えば社会には不条理がずっとあったと感じます。それでも人を信じようとする――その意志を現実の一人ひとりに届けるために、法があり、その解釈があるのだと考えるようになって大学院に進学しました。現在は、とりわけ法的安定性と具体的妥当性にも配意し、「法とは何か」をあらためて問い直す研究に取り組んでいます。とりわけ「平等」とは何かという視点から、法がこれまで当たり前としてきた考え方をとらえ直すこと。資料も取り込んだ歴史的文脈による再概念化が、昨今の法学研究でテーマと言えるでしょう。

当たり前としてきた「平等」を
現場と歴史に即して
問い直す

「法とは何か」「平等とは何か」というテーマについて、主に2つの研究を進めてきました。

1つ目は、「生活を支える法とは何か」という研究です。

人は誰しも、人生のどこかで他者の支えを必要とします。年齢を重ねたとき、障害があるとき、病気になったとき――そうした場面で、法はその人の生活を守る役割を担っています。しかし実際には、支援を必要とする人ほど法の仕組みからこぼれ落ちやすい、という難しさがあります。私は、その接点で何が起きているのかを研究してきました。

研究の出発点となったのは、介護の現場です。介護では、高齢者や障害のある方の生活を支えるために、専門職が日々さまざまな判断を行っています。そこには、福祉の知識だけでなく、契約や個人情報の保護、虐待の防止、意思決定の支援など、法律にかかわる問題が数多く含まれています。私は「介護をめぐってトラブルが起きたときに専門職の責任がどのように問われるのか」「現場で働く人が法をどう理解し、支援に活かすのか」といった課題に取り組んできました。介護は一つの入り口ですが、そこから見えてくる「支えと法の関係」は、さまざまな立場の人々に共通して問われるものだと考えています。法は、実際に現場で機能して初めて意味をもちます。だからこそ、条文を学ぶだけでなく、それが一人ひとりの暮らしにどう役立てられているのかを確認する姿勢を、大切にしてきました。

2つ目は、「福祉にかかわる裁判と歴史の研究」です。

法や制度は、社会とともに変化していきます。その過程で大きな役割を果たすのが裁判です。裁判所が過去に下した判決を検討することで、現行制度の課題や今後の社会が進むべき方向性が見えてきます。近年は、旧優生保護法をめぐる一連の訴訟について、地方裁判所から高等裁判所、そして2024年の最高裁判所大法廷判決まで、それぞれの判決が示した意義を検討してきました。

こうした裁判や歴史をひも解くなかで、得た気づきがあります。「すべての人は等しい」とうたう法のもとでも、実際には権利が十分に守られない人々もいるという現実です。この問題の難しさは、一つの要因だけでは説明できません。性別、障害、年齢、置かれた境遇――いくつもの事情が重なり合ったところに、生きづらさが生まれるからです。私はそうした重なりに目を向け、多角的な視点から物事を読み解くことを心がけてきました。

これらの研究テーマに共通するのは、法が当たり前としてきた「平等」を、現場と歴史に即しながら具体的に問い直すという姿勢です。抽象的な理念を眺めるだけでは、こぼれ落ちてしまうものがあります。だからこそ、現実の課題と結びつけながら、法にできること、そして法だけでは解決できないことの両方を見きわめなければなりません。研究で得た知見を教育や実践の場に伝え、一人ひとりが尊重される社会に少しでも近づけるよう、力を尽くします。

今後は、時代が抱える矛盾や社会構造をより広い視野でとらえるため、エコロジカルアプローチなどの知見も取り入れていきたいと考えています。また、古代から現代までの法と科学の歴史を辿り、両分野が相互に及ぼす影響も分析してみたいです。科学が機械論的視点からシステム論的視点へ移行したのに対し、法制度は依然として古い機械論的パラダイムにとらわれている。そう仮定すると、この世界観が過剰消費や汚染、公共の利益の軽視につながっているという仮説が立てられるかもしれません。こういったテーマを次の世代と分かち合い、ともに新しい視点に育てていける研究が進められたらうれしいです。

思考の積み重ねがもたらす
喜びを知り
正解のない問いに
向き合う

研究のやりがいは、制度や裁判の検討を通じて見えてきた事柄を、教育や実践の場に伝えられることにあります。ある授業では、受講生から「法が福祉とこれほど深くかかわっていると思わなかった」という感想が寄せられました。学びをきっかけに、目の前の人の暮らしへと関心が広がっていく瞬間に立ち会えることは、大きな喜びです。

一方で、制度が目指したことと現場の実態との間にずれが見られるケースも少なくありません。簡単に答えの出ない問いに向き合うときは、もくもくと考えを重ねてきました。複雑だからこそ、少しずつ理解が深まり、新しい見方にたどり着けたときに、研究の魅力を感じます。

私が大切にしているのは、物事の一面だけ見て答えを決めつけないことです。人が直面する生きづらさは、性別や障害、年齢、境遇など、いくつもの事情が重なって生まれます。一つの角度だけでは、全体像は見えてきません。だからこそ、複数の視点を交わらせ、論点を整理し、立ち止まって問い直しながら考えるといった思考の積み重ねを心がけています。

こうした多角的な視点は、法律を学ぶ人だけのものではありません。どのような道に進んだとしても、誰かを理解し、支えるための助けになるのではないでしょうか。学ぶ人それぞれが自分を成長させられるよう、私自身も問い続けながら彼らと伴走していきたいと思っています。

ふと振り返れば人々は、不条理や困難を前にしても「すべての人は等しく大切だ」と信じる側に立つことで、少しずつ社会を前に進めてきたのかもしれません。その歩みを受け継ぎ、ともに努力を続けられればうれしいです。一方で、従来の法制度は、世界を個別の要素の集合体としてとらえ、所有権を重視する機械論的視点に基づいているのだろうかという問いも投げかけたいですね。今後、地球の生態系を維持するための原則を法制度に組み込めるならば、過剰消費や環境破壊、経済格差、社会福祉、平和などへの問いがもう少し明確になるかもしれません。

福祉を学ぶ人へ

これからの社会では、一つのものさしだけでは測れない課題がますます増えていきます。目の前の人が抱える困難は、いくつもの事情が重なった先にあるのかもしれない――その背景を想像できる力は、どんな仕事に就く人にとっても支えとなるでしょう。福祉は、そうした力を磨ける学びの場であると思います。正解のない問いを前に、悩み、考え、人とつながりながら進んでいく。そんな時間を、みなさんと一緒に過ごせることを楽しみにしています。