11舞踊の「身体知」がもたらす
新たな社会の可能性とは?

解に挑む研究者
相原 朋枝教授
社会福祉学部 福祉援助学科
- Profile
- お茶の水女子大学大学院修士課程人文科学研究科舞踊教育学専攻修了(人文科学修士)、同大学院人間文化研究科博士後期課程比較社会文化学専攻退学。同大学院助手等を経て2012年に日本社会事業大学社会福祉学部に講師として着任。2018年に准教授、2025年に教授就任。専門は舞踊学、身体表現論。
多様性や公平性を重んじる現代においても、経済・教育格差や人種・ジェンダー差別など、私たちの間にはいまだに埋められない溝が横たわっています。こうした「分断」を解決し、誰もが平等に生きられる社会を実現するには、どのような手立てがあるのでしょうか。舞踊学、身体表現論を専門とし、研究とパフォーマンスを通じて表現の可能性を追求する相原朋枝教授の取り組みをご紹介します。
#舞踊#身体表現#表現#パフォーマンス#アート#ボディワーク
SDGsアクション
理論と実践から
「表現」の可能性をさぐる
世界にはさまざまなダンスがありますが、私の研究対象は劇場舞踊、つまり芸術、アートとしてのダンスです。なかでもコンテンポラリーダンスや「舞踏(Butoh)」を中心に、「表現」の可能性をさぐっています。
舞踏とは、1960年代の日本で誕生した前衛芸術です。この時代は、あらゆる文化芸術の分野で、新しい感性や新たなものの見方が示されました。舞踏もまた、それまでの踊りとは全く異なる表現により、センセーションを巻き起こしました。すなわち「均整のとれた『美しい』からだによるリズミカルな動き」だけが踊りではないと示し、「表現とは何か」という本質的な問いを投げかけたのです。今では“Butoh”として世界中で研究と実践が進み、20世紀の舞踊の歴史においても重要な位置を占めています。

"The Bowing Plant's Dream"(2014)
[Concept]Chang Huai-yan with Phan Ming Yen
[Landscape Architect & Principal Designer]Chang Huai-yan
[Collaborative Architect]Takuo Ueno
[Artistic Director]Phan Ming Yen
[Composer]Chong Li-Chuan
[Dancer]Tomoe Aihara, Hiroshi Nishiyama
私は大学生の頃に、舞踏の創始者のひとりである大野一雄氏のもとで学びました。彼は海外での評価が高かったため、当時は多くの人が国境を越えて稽古に参加していました。この頃ともに学んだアーティストは各国で活躍していますが、このうち大学等で舞踊の研究にたずさわっている人は、世界でもわずか数名です。私はそのひとりとして、大野の貴重な記録を伝えるなど、舞踏についての研究・発信を続けてきました。この活動は、日本で生まれた芸術表現を、正しく後世に残すという意義もあると考えています。2018年に米国で出版された舞踏に関する専門書で論文を発表し、2021年には『Butoh入門 肉体を翻訳する』という本を出しました。この本は書評新聞「週刊 読書人」でも高く評価され、慶應義塾大学アート・センターや全国各地の公立図書館などに置かれています。
"The Bowing Plant's Dream"(2014)
[Concept]Chang Huai-yan with Phan Ming Yen
[Landscape Architect & Principal Designer]Chang Huai-yan
[Collaborative Architect]Takuo Ueno
[Artistic Director]Phan Ming Yen
[Composer]Chong Li-Chuan
[Dancer]Tomoe Aihara, Hiroshi Nishiyama
同時に舞踊の実践者としても活動しています。舞踏に加え、バレエやコンテンポラリーダンスなどを学び、ソロ作品の発表や国内外での美術作家とのコラボレーションなど、幅広く表現を追求してきました。2014年には米国の現代舞踊史にその名を刻むパフォーマンスユニット、Eiko&KomaのEikoとのデュオ作品“Two Women”においてEikoの相手役をつとめ、ニューヨークで上演しています。最近では2025年5月に東京都美術館にてパフォーマンスをしています。
※写真は2014年にシンガポールのアーティストによるプロジェクトで踊った時のものです。
そのほかに長年取り組んできたのが、大学生や一般の方々を対象とする身体表現教育です。私は踊りのほか、野口体操など潜在的な身体能力を引き出すボディワークや、ヨガのトレーニングを重ねています。これらや踊りの方法論には、自分のからだに意識を向け、他者とのコミュニケーションを豊かにするヒントがたくさん詰まっています。特にノンバーバルコミュニケーション(言語によらないコミュニケーション)に関しては、深い気づきを得ることができます。これまでに大学での授業のほか、介護や子育て中の方、市役所職員などを対象に、幅広くワークショップを実施してきました。
このように理論と実践の両面から「表現」の可能性をさぐるのが、私の研究の特徴だと言えます。
ところで、パフォーマンスも論文も、完成間近になるとより「深化」する道が見えてきます。そこに向かって没入し、いわば「純度を高めていく」といった経験は日常では得られませんし、私にとっては大きな喜びをもたらすものでもあります。
「寛容性」をはぐくみ
「身体知」をひらく
私の研究では、主に次の二つの事柄を重視しています。
ひとつは、とくに身体表現教育において「寛容性」をはぐくむことです。スポーツでは速いか遅いか、強いか弱いかといった優劣や勝敗が重視されますが、同じからだを動かす活動でも、身体表現はそうではありません。自分と他者の表現が異なっていても、どちらが優れているかを比べるのではなく、まずは「違い」を認め、受け入れる。創造的な身体表現活動においては、他者を認め多様性を受容する姿勢が求められます。これは社会の分断が深刻化する今、最も必要とされる「寛容性」をはぐくむことにつながると考えています。
もうひとつは、踊りや身体表現の「身体知」を、専門の枠を越えて伝える、「ひらく」ことです。ダンサーや振付家のような表現者は、独自の身体感覚や、からだの使い方(これが舞踊の「身体知」です)を身につけています。現在、さまざまな研究領域にて身体あるいは身体性が注目されていますが、私は踊りや身体表現の身体知を他分野の研究にどう活かせるかを意識し、研究を進めています。さらに、大学の授業やワークショップ、講演においても、これをわかりやすく伝えるよう努めています。
誰もが創造性を発揮できる
社会へ
近年、パフォーマンスを含めたアート活動は、その担い手や観客とも、あらゆる人々に「開かれて」います。たとえば、各地で開催されているアートフェスティバルや芸術祭では、アーティストの創作に地域住民が加わる場面も多く見られ、このような活動は地域コミュニティの再生にもつながっています。今後もアートと社会の結びつきといった視点からの創造活動、表現活動は、より一層重視されるでしょう。
文化芸術は人が生きるうえで欠かせないものであり、また社会の発展を支える「社会資本」でもあります。そして、その創造には「自由」があります。経済や教育の格差、障害の有無等にかかわらず、あらゆる人々が文化芸術に親しみ、創造性(クリエイティビティ)を発揮できる社会の実現に、研究を通じて少しでも貢献できれば幸いです。
そのためにも、一般の方々に舞台芸術や身体表現の魅力を伝える講演や執筆活動を続けています。また舞踊はもちろん、文学、建築、保育や福祉からファッションに至るまで、さまざまな専攻の大学生を対象に、舞踊や身体表現の講義・実技の授業を担当してきました。専攻を問わず、なるべく多くの学生に「表現とは何か」を考えてもらいたいと願っています。
ここ数年は、本学大学院 福祉マネジメント研究科(専門職大学院)の鶴岡浩樹教授(医師)とともに、舞踏を活用した健康促進のプロジェクトも進めています。医療関係者が多く所属する舞踏団での指導や作品監修、高齢者向けのワークショップの講師など、アートと社会をつなげる活動に励んでいます。今後もこのような取り組みを通じて、あらゆる人々が創造的な表現活動をはじめとする文化芸術に親しみ、楽しめるよう努めたいと思っています。

福祉を学ぶ人へ
私の師である大野一雄は、踊りで大切なのは動きの上手い下手よりも、人に伝えたい思いが強くあるかどうかなのだと、稽古で繰り返し述べていました。踊りに限らず、何を為すにも、そこに思いがあるか否かは重要でしょう。日本社会事業大学には、「社会課題を解決したい」、「社会を少しでも良くしたい」という熱い思いをもった多くの学生がいます。彼らは、簡単には答えの出ない問題に真摯に向き合い、自ら考え、ゼミで真剣に議論をしています。思いを同じくする仲間とともに、こうした学びを通して身につけた「考える力」は、変化の激しい時代を生きるための揺るぎない土台となるはずです。