12介護保険制度から考える
現代社会の課題と
具体的な解決方法とは?

解に挑む研究者

森 千佐子教授

社会福祉学部 福祉援助学科

Profile
筑波大学附属病院等で看護職として勤務し、実習指導を担当。東群馬看護専門学校で専任教員として勤めた後、佐野短期大学(現・佐野日本大学短期大学)で介護福祉教育に携わる。教員として勤めながら、九州保健福祉大学大学院社会福祉学研究科博士前期課程に入学。後期課程に進学し、単位取得後退学後、博士(社会福祉学)取得。2017年に日本社会事業大学社会福祉学部福祉援助学科介護福祉コースに着任。

要介護者等とその家族を国民全体で支える仕組みとして誕生した介護保険制度。しかし、実際にはどこまで利用者および家族を適切にサポートし、満足度の高いサービスを提供できているのでしょうか。また、深刻化する福祉業界の人材不足を補う介護ロボットに秘められた可能性とは?高齢者支援や介護者支援を専門とする森教授にお話を伺いました。

#高齢者支援#介護者支援#介護福祉教育#多職種連携・協働

SDGsアクション

介護保険制度の導入が
研究の出発点

私の専門分野は高齢者支援と介護者支援です。

もともとは看護領域の教員でしたが、介護福祉教育に携わることになり、介護技術や介護実習を担当する中で社会福祉学を学び、研究する必要性を感じ、大学院へ進学しました。

大学院では「在宅高齢者の家族介護者への支援」をテーマに研究を行いました。当時、日本では介護保険制度がスタートしたばかり。介護が必要な方とそのご家族を社会全体で支える仕組みとして導入されたこの制度が、本当に当事者にとって必要なサービスやサポートを提供し、負担を軽減できているのかを明らかにしようと考えました。

高齢の家族を自宅で介護している方を対象に調査したところ、まず、介護者は食事時間が不規則で熟睡感を得にくい傾向にあることがわかりました。特に要介護者が自力でできることが少なかったり、認知症の症状があったりすると、介護者の負担が増え精神面にも不調をきたします。よかれと思い手助けすることで、かえって要介護者のできることや可能性、意欲を妨げてしまい、「できる」力が低下し、必要な介護が増えるという悪循環につながっているケースも見受けられました。

ほかには、サービスやサポートの利用で負担が軽減されるにもかかわらず、「自分の責任を果たせていないのでは」と公的サービスの利用をためらう人が一定数いるという結果を得ました。「非効果的サポート」と呼ばれる専門職や周囲からの「余計なお世話」ともとれる不適切な助言や行動が、介護者への負担増や精神的不調につながっている事例も明らかになっています。

ではどのようなサポートが介護者には必要なのでしょうか。たとえば、負担を軽減する具体的な制度・サービスの紹介や、体を痛めない正しい介護技術を知ってもらうなどの情報面のサポートがあるでしょう。同じ気持ちをわかちあえる介護家族の会のような交流の場、あるいは周囲からの温かい励ましや親しい人たちと過ごす余暇時間なども重要です。

ちなみに私がこの研究をスタートした時点で、介護者の8割が、要介護者の配偶者や娘さんなど女性のご家族でした。令和4年の調査でも7割弱とその数はあまり変わらず、令和3年10月からの1年間で介護離職をされた方の7割以上を女性が占めていました。さらに、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」の割合も年々増加しています。

こうした現状や研究結果から、介護における性別役割意識や超高齢社会の課題、「ケアする人のケア」の重要性など、さまざまな課題が浮き彫りになりました。

人材不足解消の手段として期待。
介護ロボットの現状と可能性

日本の介護人材不足は深刻で、2040年には約69万人が不足するとの試算があります。この課題を解決する方法の一つとして、介護ロボットの導入や活用の促進が期待されています。介護ロボットには移動や車いすへの移乗アシスト、排泄や入浴の支援、見守り、コミュニケーション支援などさまざまな機能があり、補助金制度も設けられています。にもかかわらず、実際には導入があまり進んでいません。

そこで、介護ロボットに関する共同研究に取り組みました。介護施設や在宅介護における介護ロボットの活用状況についてアンケート調査を実施。介護職のほか、看護職や相談職などの意識調査も行って、導入・定着に向けた検討を行いました。結果として、介護施設では「見守り・コミュニケーションロボット」「移乗介助ロボット」の導入率が高かったものの、使用を中止した例も確認されました。背景には、高額な費用、使用できる対象者の少なさ、操作の難しさ、職員への教育不足、ロボット使用への心理的な抵抗感があるようでした。在宅介護でも、費用面の心配、情報不足、部屋の構造など環境面の難しさから、継続的に使用されているケースは少ない状況です。

職員への意識調査では、使用経験がある職員は、介護ロボットの使用効果と利用者の安全に関する認識や期待が高く、安全面に配慮しながら使用していると考えられました。未経験の場合は、費用面や使用の際に手間がかかるといった使用に関する課題やロボットへの依存意識、情報不足からくる不安感や抵抗感をもっていると考えられます。今後は、十分な情報提供や、操作方法を学んで試用できる機会の確保、導入後のメンテナンス体制、操作が簡単な機器の開発、費用助成等の充実を図ることが必要でしょう。介護ロボットの普及が進めば、介護職の負担軽減や離職防止、ひいては利用者の安全・安心につながると期待しています。

高齢でも病をかかえていても、
自分らしく生きられる環境を

これから取り組みたいテーマは、主に二つあります。一つは、一人暮らしの高齢者が自宅での生活を継続できるように支援すること。もう一つは、医療処置を必要とする人が自宅や施設で生活するにあたり、どのような環境や支援が必要かを明らかにするものです。後者については、人工透析や酸素療法などの医療処置が必要な場合、利用できる介護サービスや入所できる福祉施設が限られるという現状を踏まえ、取り組みたいと考えました。いずれも多職種の連携や協働に焦点を当てた内容にしたいですね。

私が研究を通して目指すのは、年齢や疾病・障がいの有無を問わず、誰もがその人らしい生活を送れる社会です。年齢による決めつけや差別となるエイジズム、性別役割意識、疾病・障がいに対する無理解や誤解により、生きづらさをかかえている人が少なくありません。こうした状況が改善され、すべての人が自分らしく生きられる社会になるよう、研究を重ねていきます。

福祉を学ぶ人へ

日本社会事業大学で学ぶ皆さんには、生活のなかで感じた疑問や違和感を大切にしてほしいと考えています。そして、それらを解消するために「調べる」「自分に何ができるかを考える」「他者と意見交換する」「違う角度から物事を視る」など、具体的な行動に移してもらいたいですね。社会福祉の専門職が活躍する分野は医療や教育など福祉以外にも広がっており、本学にもさまざまな領域で実践・研究を重ねてきた教員が多くいます。皆さんと一緒に学び、ディスカッションできる日を楽しみにしています。