13子育て支援と保育者の葛藤
こどものウェルビーイング実現に
有効な手立てとは?

解に挑む研究者
亀﨑 美沙子准教授
社会福祉学部 福祉援助学科
- Profile
- 神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士後期課程人間発達専攻修了(教育学博士)。松山東雲短期大学保育科講師、十文字学園女子大学人間生活学部准教授を経て、2024年より現職。
【専門分野】
保育、子育て支援、保育者の専門職倫理
日本における「子育て支援」の政策は、少子化の進行などを背景に段階的に発展してきました。経済的サポートや保育・教育施設の増設をはじめ家庭に対するさまざまな支援が行われる一方で、それらは本当にこどもたちの利益につながっているのでしょうか。こどもたちの権利がより確実に保障される社会の実現に向け、保育領域の研究を進めてきた亀﨑美沙子准教授の取り組みをご紹介します。
#子育て支援#保育者の専門職倫理#こどもの権利
SDGsアクション
子育て支援における保育者の葛藤
私はこれまで、子育て支援や保育者の専門職倫理、こどもの権利などをテーマに研究を進めてきました。
きっかけは大学時代までさかのぼります。保育について学ぶなかで、こどものかかえる問題を解決するには、こどもだけでなく保護者や家庭全体へのアプローチも必要だと感じるようになりました。大学では先進的な子育て支援の実践にふれ、時間を見つけては実践現場に足を運んだものです。現場で生じるさまざまな課題にふれるなかで、解決方法をさぐるべく研究者の道に進みました。
現在は、保育所や認定こども園等で働く保育者が直面する「子育て支援の葛藤」と、その解決の手立てとなる保育者の専門職倫理にフォーカスした研究を行っています。
この研究を始めたのは、保育所を訪問するたびに幾度となく投げかけられた、保育者からの切実な問いがきっかけです。「子育て支援は、本当にこどものためになるのですか」。その言葉には懸命にこどもの保育に向かう保育者の戸惑いがにじんでいました。

こどものウェルビーイング実現
に向け保育者としてのあり方を問う
保育士の国家資格化により、保育者には「児童の保育」と「児童の保護者に対する保育に関する指導(子育て支援)」という2つの職務が法定化されました。保育者はこの "職務の二重性"のなかで日々の保育と子育て支援を行っており、双方に誠実に取り組もうとすればするほど、"こどものために""保護者のために"という思いの間で板挟みになります。わかりやすく言えば、保育者が考えるこどもの最善の利益と、保護者の価値観やニーズがぶつかる場合がある、ということです。
たとえば、保護者にこどもの健康や安全を脅かすような行動が見られた場合、保育者は専門職としてこどもの生活保障を最優先しなければなりません。しかし、同時に、保護者の自己決定権や価値観を尊重し、保護者との信頼関係を維持しつつ支援を行う必要もあるのです。

こうした状況で起こる葛藤を解決する手立てとして、保育者の倫理的責任や行動規範を明確にし、専門職としての倫理意識を高めることが有効であることを、研究を通じて明らかにしてきました。保護者の思いや感情を受け止めつつ、最終的にこどものウェルビーイングにつながるような判断を行うことが重要であると考えています。
これらの研究成果を、いくつかの書籍にまとめて公表しています。具体的には保育者による子育て支援の意義や独自性、子育て支援を通してこどもの利益を保障するための必要性を論じた『保育の専門性を生かした子育て支援-「こどもの最善の利益」をめざして-』、保育者の「子育て支援の葛藤」の把握や専門職倫理の内容の検討、専門職倫理意識の実態把握等を行った『子育て支援における保育者の葛藤と専門職倫理-「こどもの最善の利益」を保障するしくみの構築にむけて-』、共同研究者とともに葛藤事例に基づいて倫理的判断の手順を示した『保育者のための専門職倫理ハンドブック-事例から学ぶ実践への活用法-』などがあります。
直近では、多忙な保育者でもすぐに内容を理解して実践に生かせるよう、『これってOK?NG? 保育者のための子育て支援ハンドブック』を公開しました。これは無料でダウンロードが可能です。一連の研究や発信を通して、保育や子育て支援の質の向上、何よりこどもの権利保障につながればと願っています。
こどもの権利保障につながる研究を深めていく
「子育て支援の葛藤」はこれまで日本ではほとんど扱われなかったテーマであるため、海外の研究をもとに手探りの状態で研究を進めてきました。そもそも「子育て支援の葛藤」や「倫理的ジレンマ」という概念自体がほとんど認知されておらず、保育者を対象に調査を行う際には、概念を理解していただくための工夫を行う必要がありました。こうした苦労もありましたが、研究成果が実践現場で役立てられていることは何よりも大きな喜びです。
研究において大切にしているのは、1つ目に「実践に役立つ研究を行うこと」です。そのために保育現場にできるだけ足を運び、実践者との対話を通して、その時々に浮かび上がる現場の課題を把握するとともに、現実的な解決の手立てを見出せるよう努めています。
2つ目は、「研究成果を現場に還元すること」です。研究のプロセスでは、調査のために多くの実践者から協力を得ています。多忙にもかかわらず時間を割いて協力してくださっている方々のためにも、現場で活用できる形で成果をフィードバックするよう心がけています。たとえば、『これってOK?NG?保育者のための子育て支援ハンドブック』を作成した際は、ワークショップやヒアリング調査、アンケート調査などを通じ、数百名の保育者にご協力いただきました。こうした研究の成果を、無料でダウンロード可能な冊子にまとめるなどして、実践現場に還元しています。
今後は保育に関する専門職倫理に関する研究を深め、行動規範を明らかにしたいと考えています。その理由は、保育者によるこどもへの不適切なかかわりに関する報告が相次いでいるためです。その対応策として、保育現場からは保育者の倫理責任や行動規範の明確化を求める声が上がっています。すべてのこどもの権利が守られ、質の高い乳幼児教育・保育が受けられる社会に向けて、研究が役立てられればうれしいです。

福祉を学ぶ人へ
乳幼児教育・保育は「福祉」と「教育」が交わる領域です。保育者は、こどもや保護者のウェルビーイングを高めると同時に、未来を担う市民の育成も担っています。保育者は、可能性に満ちたこどもたちとともに、よりよい未来をつくり出す専門職です。本学では社会福祉学をベースとして学びながら、保育だけでなくこども家庭福祉領域も含めた幅広い知識を身につけることが可能です。こどもの支援についてご興味があれば、ぜひ本学への進学を検討してみてください。