15現場の実践知と理論を循環させ、
支援の壁を乗り越える評価のかたちとは?

解に挑む研究者
贄川 信幸教授
社会福祉学部 福祉計画学科
- Profile
- 東京学芸大学大学院教育学研究科学校教育専攻臨床心理学分野修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻精神保健学分野博士課程修了。博士(保健学)。2008年NPO法人地域精神保健福祉機構(COMHBO)保健福祉研究所研究員。同年、日本社会事業大学社会事業研究所共同研究員・社会福祉学部非常勤講師。2009年から社会事業研究所教員、2014年大学院福祉マネジメント研究科教員を兼任。2015年通信教育科精神保健福祉士養成課程、2017年より社会福祉学部福祉計画学科。
【専門分野】
精神障害者福祉、プログラム開発・改善と評価。
精神保健福祉の領域では、精神障害者本人のみならず、その家族や地域へのかかわり、そして支援環境を整えることが必要とされています。家族が抱える困難への理解や、効果が実証された支援プログラムの普及が求められる一方で、現場の支援体制の整備にはいまだに多くの壁が存在します。こうした課題に対し、現場の実践知と理論・科学的根拠を掛け合わせたアプローチで挑む贄川信幸教授の取り組みをご紹介します。
#根拠に基づく実践(EBP)#支援プログラムの実施・普及#エンパワメント
SDGsアクション
「家族に問題がある」から
「家族も困っている」という視点へ
臨床心理学を専攻していた大学院修士課程時代、保健所のデイケアで精神障害者とかかわる機会を得ました。かかわるうちに、デイケアを利用する理由や普段の生活の様子、直面している困難とその背景、そして解決策について深く考えるようになりました。修士課程の研究ではこれらの問いへの「解」を十分に見いだせず、さらに追究すべく博士課程に進学し、研究者を目指すことにしました。やがて、「本人を変える」という考え方から「社会・環境を変えることで本人も変わる」という考え方へと移り、臨床心理学からソーシャルワークの領域へと軸足を置くようになったのです。
修士課程時代にデイケアの利用者(精神障害者)とかかわるなかで、利用者と家族の関係に対する問題意識が芽生えました。「家族が病気への理解を欠いている、あるいはかかわりが不適切であるために、利用者が体調を崩したり、生活の幅を狭められたりするのではないか」。つまり「家族に問題がある」と考えたのです。

博士課程時代には、国府台モデルという家族支援プログラム(家族心理教育)と出合いました。このプログラムは「家族が何に困り、どのような困難を経験しているのか。その背景には何があるのか」という視点で家族への理解を深め、同時に、家族が困難のなかで何とかしようと対処してきたことに注目することで、家族の負担感の軽減を図るものです。その結果、精神障害者本人にもよい変化をもたらすことがわかっています。私は同プログラムを通じ、「家族に問題がある」のでなく「家族も困っている」という視点を学びました。
プログラム普及の鍵はスタッフの奮闘の支持
海外では以前から家族支援プログラムが行われており、精神障害の再発率低下や、家族の負担感軽減といった効果が一貫して確認されています。日本でそれらを参考に構造化したものが、先に述べた国府台モデルです。しかし、こうした有効な支援プログラムは国内外を問わず十分に普及しておらず、今後どのように社会に浸透させていくかが大きな課題でした。
私は、同モデルを中心とした家族支援を全国の精神科病院に普及させる、厚生労働省の研究プロジェクトに参加し、この課題の解決に挑むことになります。「家族心理教育実施・普及ガイドライン」を作成し、それに基づく取り組みが研究に参加した病院における家族心理教育の立ち上げ・実施・定着を促進する効果を検証しました。
全国の病院担当者とやり取りを重ね、サポートのために駆け回る日々。その甲斐あって、研究に参加した病院スタッフは家族心理教育の実施に必要な支援態度を獲得し、家族心理教育の普及に役立つことが実証されました。ガイドラインに沿った取り組みがなされている病院ほど、より大きな変化が起きる傾向も示されました。家族心理教育のように、効果が認められても実施上の壁がある支援プログラムの普及には、どのような取り組みが有効なのかを示すことができ、研究の意義を実感しました。
この研究における重要なポイントは、次の2点にあります。
1点目は、ガイドラインにスタッフの支援態度に変化をもたらす活動内容を盛り込んだことです。ガイドラインでは家族心理教育の実施体制(形)づくりを活動の1つの軸にしていましたが、単に体制を整えるだけでは「仏作って魂入れず」です。スタッフがどのように家族と向き合うかが、真に意味のある家族心理教育に組織的に取り組めるかに関わってきます。かつての私がそうだったように、「家族に問題がある」と考えているスタッフもいましたが、それでは真の意味での支援は成立しません。
しかし、こちらが「家族に問題がある」と考える「スタッフに問題がある」という視点で支援態度の変化を促そうとすれば、現場のスタッフは抵抗を示します。そこで気づいたのが、「家族に問題がある」から「家族も困っている」への転換と同様に、「スタッフに問題がある」から「スタッフも困っている」という視点をもつ重要性でした。
スタッフは精神障害者の家族とのかかわりに悩みながらも、障害者本人への支援を進めようと奮闘しています。その結果、「家族に問題がある」という視点が形成されているようでした。そのような文脈では、スタッフの悩みが承認され、そのなかでの奮闘が支持されることが、支援態度の変化のきっかけになるのです。
これは、精神障害者の家族支援や家族心理教育の普及に限った話ではありません。その他の福祉や対人支援の領域でも、「○○に問題がある」とされがちな課題を別の角度からとらえ直し、解決へと進めるための新たな視点を私に与えてくれました。
現場の実践知と理論を
「対話」でつなぐ
2点目は、現場の創意工夫を吸い上げ、共有する意義を発見したことです。当時私たちの研究班は、ガイドラインに沿った取り組みを進めるために必要と考える、さまざまなノウハウ等を盛り込んだツールキットを作成していました。しかし、各病院ではツールキットを活用するだけではなく、独自の工夫を試みており、これらを関係者間で共有することで、現場の実践知に即したアイディアが加えられていきました。
また、病院によってはガイドラインに沿った取り組みが容易でなく、実情に合わせた形で家族心理教育の立ち上げや実施、定着を進めるケースもありました。そもそもガイドラインは、「記載された取り組みを実践すれば、家族心理教育の実施体制が構築され、スタッフの支援態度にも変化が生じ、病院全体で体系的に取り組めるようになる」という仮説に基づいて作られました。実際に、ガイドラインに忠実な病院ほど効果が表れていたことから、当初は極力遵守を求めていました。ゆえに「ガイドラインどおりの実施が難しい場合には、そうでない進め方があってもよいのでは」という声に、疑問や葛藤を感じたこともありました。

しかし最終的には、プロジェクトの目的は「ガイドラインの遵守」でなく「家族心理教育の普及」にあるという根本に立ち戻ります。ガイドラインは、効果が実証されている家族心理教育を全国の精神科病院に普及するために、先行研究等の知見から最適解と考えられる道筋を示したものです。ただ、トップダウンで示したガイドラインは必ずしも万能でなく、多様な実践現場には、研究だけでは拾いきれない障壁があります。克服するには、現場の経験に基づくボトムアップの視点でガイドラインを見直す必要があると気づきました。
これらの知見は、既存の知識体系、理論等に基づく演繹的アプローチ(トップダウン式)と、現場の実践知に基づく帰納的アプローチ(ボトムアップ式)が常に対話する必要性を示しています。研究では、帰納的に理論の仮説を生成し、それを演繹的に検証するという流れが一般的です。ゆえに、研究者は実践現場と対話し、何度でも理論の見直しと検証を繰り返していかなければなりません。
一連の経験から、プログラム評価とEBP(Evidence-Based Practices:科学的根拠に基づく実践)をキーワードに、「実践家参画型エンパワメント評価」とその具体的な方法を可視化したCD-TEP法(※1)について、共同研究者らと書籍にまとめました(※2)。社会課題の解決を目的とするさまざまなプログラムに適用できるものだと考えています。
現場の実践家と研究者が互いの強みを共有し、対話を通じて効果的な支援プログラムの開発と改善、その普及を進めていく――。この視点は常に大切にしていきたいです。
地域から、国全体の福祉を
向上させる
今後は、CD-TEP法による実践家参画型エンパワメント評価を、さまざまな社会課題解決の取り組みにも適用し、有用性を検証していきます。適用と検証を重ねることで、効果的な取り組みへの発展とその普及につながるでしょう。
適用で特に意識しているのは基礎自治体での取り組みです。根拠に基づく政策立案(EBPM: Evidence-Based Policy Making)が求められるなか、各自治体の実情に合わせた創意工夫が重視されるようになってきています。トップダウン的な国の制度・施策がある一方で、国民の福祉の最前線に立つ基礎自治体は、福祉課題解決のために汗をかいて取り組む人たちと協働して、地域の実情に合わせた解決策を構築する。そして、自治体間で情報を共有しながら、ボトムアップで国の制度・施策に反映させていく。こうした知見の循環こそが、国全体の福祉の向上につながると期待しています。

※1 プログラム理論[Theory]・エビデンス[Evidence]・実践[Practice]の円環的対話[Circular Dialogue]による効果モデル構築アプローチ ※2 大島巌・源由理子・山野典子・贄川信幸・新藤健太・平岡公一(共編著)「実践家参画型エンパワメント評価の理論と方法 CD-TEP法:協働によるEBP効果モデルの構築」日本評論社,2019
福祉を学ぶ人へ
日本社会事業大学を志望する皆さんとは、多様な経験を共有し合いたいと考えています。私のこれまでの経験と、学部生や大学院生が積み重ねてきた経験との対話により、新たな「解」が生まれることを経験してきました。大学や大学院は、一方的に教える、学ぶ場でもなければ、自らの言いたいことを言い、やりたいことだけを進める場でもありません。相互の対話により新たな「解」を創造していく場であると考えます。そのようなワクワクする体験を、皆さんと共にしていきたいと願っています。