01現在の社会保障制度が抱える問題の背景にあるものとは?

解を灯す研究者

佐々木 貴雄准教授

社会福祉学部 福祉計画学科

Profile
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了後、2006年に東京福祉大学社会福祉学部専任講師、2015年に東京福祉大学社会福祉学部准教授を経て、2023年から日本社会事業大学社会福祉学部准教授。専門分野は社会保障・社会政策。

日本の社会保障制度のあるべき姿とは―
医療保険を中心に社会保障制度について研究する佐々木准教授。制度が成立した経緯や当時の社会情勢について文献調査を通じて明らかにし、課題や問題の根本となる原因を追究しています。日本の医療保険の、歴史や独自性、その問題点について迫った、佐々木准教授の研究内容をご紹介します。

#保険者#高齢者医療制度

SDGsアクション

研究対象は医療保険を
運営する「保険者」

超高齢化社会を迎える日本にとって、社会保障のあり方は大きな議論になっています。財源をどのような形で確保するのか、制度設計に問題点や新たなシステムの導入は必要ないか。ニュースを通じて報じられるこのテーマは、超高齢化社会を迎える日本にとって、全ての人に関わることは違いないですし、実際に多くの人が関心を向けています。そのなかで、私は社会保障が時代に合わせてどのように変化し、今後どの様な制度であるべきか、研究しています。

そもそも、社会保障とは、私たち国民が安心して日々を過ごし、安定して生活を送るための仕組みのことです。日本の社会保障制度は、大きく4つの柱「社会保険」「社会福祉」「公的扶助」「保健医療・公衆衛生」で構成されています。私が研究するのは、「社会保険」の一つ、医療保険についてです。

日本では、原則として健康保険などの被用者を対象とした保険や国民健康保険など、何らかの医療保険制度に加入することが義務付けられています。その保険が誰によって運営されているか、普段生活するうえで疑問に思うことはあまりないでしょう。実はその保険の運営者(保険者)は3000を数えるほど、多種多様に存在しているのです。この保険者に関する歴史的経緯を紐解くことが、現在の制度における課題や問題点の要因の解明につながると考え、研究を進めています。

制度が成立するに至るまでの変遷をなぞり、抱える問題の根本に迫る。

私の研究内容を説明するために、まずは、医療保険の日本における軌跡を振り返りましょう。大正時代、健康保険が日本で初めてつくられます。その後、国民健康保険の創設、そして国民健康保険の全市町村での実施により、国民すべてがいずれかの医療保険の加入する「分立型国民皆保険体制」が1961年に確立しました。この体制は現在にも通じているのです。

しかし、健康保険に代表される職域保険と、国民健康保険に代表される地域保険の区分などについては、非正規雇用やフリーランスで働く人が増加した現代の状況と照らし合わせた際に、時代に合わなくなってきているようにも見受けられます。この背景にある、制度の変遷を当時の文献や政府の報告書といった資料を通じて調査することで、今ある制度の問題やその根本原因を明らかにしていくことにもつながるのです。社会保障制度は先ほど述べた通り様々な制度で構成されているため、医療保険だけではなくそれぞれの観点を考慮に入れながら、全体の動向も踏まえて考察する必要があります。

日本の独自性や、
現代の状況についても分析する

日本の医療保険において見逃せないのが、2008年に創設された後期高齢者医療制度です。年齢を基準として75歳以上の方が加入するこの仕組みは、日本と同じ社会保険方式を採用しているフランスやドイツでも見受けられない、世界的に珍しい制度です。日本独自で成立していった過程にはどのような社会状況があり、政府が対応していったのか、研究を進めています。日本の医療保険制度には、以前から高齢者を他の年齢層とは別の保険制度に加入させるという特徴があります。その発端となったともいえるのが、1973年に始まった老人医療費支給制度によるいわゆる「老人医療費の無料化」でした。高齢者医療制度に関するこれまでの研究ではその制度成立後についての研究が多いのですが、私はそれ以前の政府や日本医師会などの議論にも注目し、制度の芽となった要因を探究しています。

歴史を振り返るだけでなく近年の医療保険をめぐる状況についても、分析しています。昨年執筆した論文では、社会保障制度における応能負担について検討しました。応能負担とは負担能力に応じて保険料や利用料を負担することで、政府の「全世代型社会保障制度改革」でも取り上げられています。この中で、高齢者においては所得だけでなく資産も負担能力の基準に加えるべき、という主張がなされ、実際に一部制度化されています。しかし国民健康保険の保険料(税)の賦課方法をデータで見ると、資産に基づく負担を課す保険者がどんどん減っていることが明らかになりました。論文では、その理由としてどのような指摘がなされているか、資料から明らかにしています。

「格差を内包する」制度の、
これから。

多種多様な保険者が運営する医療保険は、年齢区分や負担能力に関する基準といった点で、制度の中に「格差」を内包する仕組みと言えます。しかし、財政状況が厳しい現在において、その「格差」に対する許容範囲が小さくなっているのではないかと考えています。日本の医療保険制度が持続可能であるためには、現在の細分化された医療保険制度を問い直す時期が訪れています。社会保障に関する主義主張はさまざまな観点から考えられますが、研究者である私は事実を明らかにすることにつながる研究成果を生み出していきたいと思います。そしてそれが、社会課題の「解」につながることを念頭に置きながら、これからも論文の執筆に当たります。

今後のテーマとして、私が注目するのが、「貧困に対する社会保険の効果」です。SDGsの17のゴールの1番目でも「貧困をなくそう」がうたわれるように、貧困は優先度の高い社会課題と言えるでしょう。その課題解決に関して、貧困を防ぐ機能(防貧)があるといわれる、社会保険が果たす役割は大きいはずです。しかし、日本では1年間で130兆円という費用が社会保障に充てられているにもかかわらず、日本の相対的貧困率は15.4%と、他の先進国の国々と比較しても高い結果となっています。社会保障、とりわけ社会保険は一体どれほどの効果があるのか、解明できればと思います。社会全体として取り組まなければならないテーマに、学問で解決へのアプローチを試みたいと考えています。

福祉を学ぶ人へ

「社会保障制度の給付が、本当に必要としている人に届いているのか」という点について、問題意識をもってもらいたいです。申請しないと受けられなかったり、複雑で理解が難しかったりする制度設計になっているからこそ、福祉の現場に立つ人やそれを目指す人には、姿の見えない人々にも気を付けてもらいたいです。そこで果たされるソーシャルワーカーの役割は大きいはずです。

オススメの本:『15歳からの社会保障』(横山北斗著 日本評論社)