地域の人々に安心を灯す
Chapter 01
地域の機関を目指す
これまでのお仕事内容について教えてください。
日本社会事業大学卒業後、横浜市役所に入職して2003年から現在まで、20年ほどです。
地域福祉、障がい児者・母子支援、総合相談窓口、生活保護などさまざまな部署を経験してきました。多様な分野を経験できるのが、公務員という職業の魅力だと思います。
現在は健康福祉局に所属し、同局が設置する「こころの健康相談センター」で相談援助係長をつとめています。本センターは精神障がいのある方々を支援する機関として、都道府県や政令指定都市に設置が義務づけられている精神保健福祉センターの一つです。
センターではさまざまな取り組みを行っています。精神障がいのある方の非同意入院について審査する精神医療審査会の運営、悩みをかかえる方々の電話相談に応じる「こころの電話相談」の実施、行政支援による措置入院者の退院後のサポート、メンタルヘルスや自殺防止を目的とする心のケアに係る普及啓発活動の実施、「災害時のこころのケア」ガイドラインの作成などです。また、横浜市内の区福祉保健センターの福祉職に対し、専門的な立場で現場をサポートする「技術支援」も重要な役割です。
私は管理職として各取り組みの方向性を決めつつ、所属部署の職員が自ら考え、判断できるようサポートにつとめています。
学びで培った視点を心に灯す
Chapter 02
多様な現場で生きる福祉の基本
お仕事をするなかでやりがいを感じるのは、どのようなときでしょうか。
相談に来られた方が、ほっとされたような、肩の荷が下りたようなご様子を目にするのが何よりうれしいですね。
具体的には、自閉症でこだわりが強く自傷行為をしていた方が、住環境を変えたことで穏やかになったときや、長年社会的入院をされていた方が自分に合った支援を受けて安定した生活を送れるようになったときなどです。
そうした方々と接するたびに感じるのは「本人主体」の大切さです。支援を行う側が自分の都合に合わせたり、よかれと思う支援を勝手に行ったりするのでなく、「支援を受ける方の望みは何なのか、ご本人にとって何が最善か」をよく考える必要があると思うのです。
たとえば例にあげた自閉症の方は、繁華街に住んでいたときは車の光が気になり、夜中に外を見回ることもよくあったそうです。昼夜問わずこだわりの強さが発揮され、眠れずに辛かったと思います。しかしその後、以前の環境とは正反対の自然豊かな施設に移ったことで心穏やかに過ごせていると聞いています。何らかの支援を受けながら住み慣れた家でご家族と暮らし続けるという選択肢もありましたが、結果として転居先での暮らしの方が合っていたようです。その方にとって大切にすべきポイントを見極めた支援が必要であると実感した出来事でした。
遡ると、こうした視点は日本社会事業大学での経験のなかで育まれていた気がします。
向き合う相手一人ひとりの「その人らしさ」を大切にすること、世の中には多様な価値観があると理解すること、人への興味・関心をもち「その人が本当に必要としていることは何だろう」と考え続けること――。
講義や実習だけでなく、何気ない先生方との交流からも福祉職としてのあり方を学びました。
公務員になっていろいろな部署を経験しましたが、どの分野の仕事にも大学で身につけた福祉職としての姿勢が生きていたと思います。
課題解決へと歩みを進める決意を灯す Chapter 03
半歩でも前に進む姿勢で挑戦
福祉職として特に大切にされていることは何でしょうか。
主に3つあり、1点目は先ほどお話しした「本人主体」の考え方です。
2点目は、一歩引いて支援にあたることです。支援対象者に共感しすぎると、その方が自分の期待と異なる行動をとったときに勝手に失望したり、無力感にさいなまれたりして関係がうまくいかなくなることもあります。行政の福祉職の場合、直接的な支援の機会は少ないのですが、相談対応の際にはほどよい距離感を大切にしています。
3点目は、相手を尊重することです。社会的に問題となるような行動のある支援対象者や意見の異なる支援者に対しても否定から入らずに、まずは「なぜそうするのか」「なぜそのように思うのか」「どういう経緯・経験があったのか」を確認していくようにしています。相手に寄り添い、敬意をもって接することで、こちらの話を聞いてもらうことができ、適切な支援につなげていけるはずです。
今後の展望をお聞かせください。
現在、行政がかかえる課題は複雑で多岐にわたっています。たとえば最近では、人々の障がいへの理解が進んだことで愛の手帳や精神保健福祉手帳の取得者が増えています。これはよいことである一方、行政の事務量が増え、働き方を見直さなければならないという新たな問題を生んでいます。サービスを利用する市民の選択肢が増えるのは歓迎すべきことですが、質のよいサービスを維持するためにはいまの組織体制を根底から変えていく必要があり、人員増や業務の効率化アップなどやるべきことが山積みです。
こうした取り組みには複数の部署、場合によっては省庁間の協力が必要で、実現は簡単ではありません。
私にできるのは「一歩でも、半歩でも前へ進む」という気持ちを大切に、壁を乗り越える方法を考え、取り組みの実現に向けた道筋をつくること。あきらめずに物事を進めようとする「推進力」、関係各所のキーパーソンに働きかける「調整力」をもったリーダーになれればうれしいですね。
Message
福祉は、人と出会い、向き合うなかで、その人のもつ新たな一面やまだ見ぬ自分を見つけられる分野です。私自身、多くの支援対象者と接するなかで、それぞれが異なる世界観を持っていることや多彩な生命力に惹かれ、気づいたときには「人」の魅力にすっかりのめり込んでいた経験があります。皆さんも福祉を学ぶうちに、支援対象者や自分自身の意外な姿に出会えるかもしれません。人とのつながりから、多様な価値観を受け入れる土台がきずかれ、視野も大きく広がるでしょう。「人が好き!人っておもしろい!」、そんな風に思えるきっかけが日本社会事業大学の学びにはあるはずです。