灯し、紡ぐ人

#14

人々の心に安心を灯す Chapter 01

医療だけでは
解決できない課題と向き合う

お仕事内容について具体的にお聞かせください。

ソーシャルワーカーとして国立国府台医療センターに勤務して25年になります。当院は身体疾患と精神疾患の両方の治療ができる病院です。千葉県の精神科救急基幹病院に指定されており、また、国内初の児童精神科病棟ができた病院でもあります。

病院はさまざまな人が受診します。その中には、病気のために長期間仕事を休んだり退職せざるを得ない人や、入院をきっかけにDVや虐待が明らかになる人、身寄りがなく必要な手続きができない人、心身の不調が続き今までの生活に戻れない人――。
このように医療だけでは解決できない困難を抱える人々を支援するのが、私たち病院のソーシャルワーカーの仕事です。

入院中であれば病室に赴き、通院中の方なら安心して面談できる部屋を準備して、じっくりとお話を聴きながらいまできることを一緒に取り組んでいきます。時には大変な状況に圧倒されている患者さんの気持ちを整理することもあります。また時には法律や福祉制度を活用したり関係機関と連携を図ることもあります。結果、安心して治療に臨むことができ、見通しをもって生活を組み立てていくことができる方も多いのです。

20年前に消化器の病気で入院したAさんは、家族と別れ仕事をなくしホームレス状態でした。体調悪化は飲酒が原因だと分かっていてもアルコール依存症の専門治療には気が進まないようでしたが、私たち病院職員に励まされるようにして専門病院に転院しました。彼は退院後AA(アルコール・アノニマス、断酒のための当事者グループ)の活動に参加しはじめ、現在まで地域の中心的メンバーとして沢山のメンバーを支えています。途絶えていた娘さんたちとの連絡も再開しました。彼のいきいきとした表情を見ると、人が人を支えていることを実感します。この20年間、月はじめにAAのパンフレットを持ってきてくれる時の何気ない会話に私は支えられる思いですし、きっと私も彼を支える人の一人だと思います。

ぶれない軸となる教えを灯す
Chapter 02

クライエントとの 関係づくりに生きる学び

大学時代の学びでいまに生きているものがあれば、お聞かせください。

一つは、3年次の進路選択の際に知った、日本の精神医学の父・呉秀三先生の言葉です。

「我が国十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」

この言葉をきっかけに未だに精神科病院に長期入院している方たちが多くいることを知り、ショックを受けました。日本の精神医療は、諸外国に比べて異常に入院期間が長く、身体障がいや知的障がいの分野に比べて福祉施策も遅れているなど問題が山積みでした。

卒業後に精神科病院のソーシャルワーカーを目指したのは、そのような状況を少しでも変えたいという思いが芽生えたからでした。

もう一つ、いまは亡き尾崎新先生の「社会福祉援助技術総論」からも、多くの学びを得ました。
私たちの仕事は、相手との信頼関係が基盤となります。プロとして人生にかかわるとはどういうことか、人にかかわる技術とはどういうものなのかを学ぶ授業でした。尾崎先生は、ソーシャルワーカーならだれもが知っている、アメリカの社会福祉学者バイスティックの著書『ケースワークの原則』を新訳された方です。就職後もクライエントとの信頼関係づくりに悩んだ時には何度も読み返しました。今読み返しても先生の穏やかな口調や学生に問いかけるような授業の様子までよみがえってきて、なつかしいですね。

未来へと、ともに歩む決意を灯す Chapter 03

社会の変化をとらえ
医療にさらなる福祉の視点を

理想とする福祉のリーダー像があれば、教えてください。

入職当時の上司が、まさに私の目指す福祉のリーダー像です。クライエントへのかかわり方が丁寧で、地域の支援者を巻き込むのが得意な方でした。また、職場内や職能団体においてソーシャルワーカーの地位向上にも取り組まれていました。

いまでこそ、当院のソーシャルワーカーは10名まで増えましたが、当時は私と転任してきた上司の2人だけ。ソーシャルワーカーの重要性が十分に認識されておらず、医療職のサポート的役割と見られて、悔しい思いもしました。

そのような苦しい状況のなかでも、しっかりとこの仕事の存在価値を示し、患者さんのためにと奮闘する上司の姿には尊敬の念しかありませんでした。私がその立場になった今、ただその姿を追うだけでなく視野を広げ様々な課題に取り組んでいきたいと考えています。

たとえば管理的立場になって、ただ患者さんに丁寧にかかわるだけでは不十分であることもわかりました。支援が必要な人にソーシャルワーカーがかかわれるような仕組みをつくる必要があると実感。入院時にスクリーニングを行い、社会的な課題をもつ人に対して早期からアプローチできるようにしました。また、ソーシャルワーカーの増員も課題でした。病院になぜソーシャルワーカーが必要なのか、増員すると病院の経営にどれだけ寄与するかを伝え続け、さまざまな人の力を借りるうち、徐々にソーシャルワーカーの人数が増えていきました。
現在は、身寄りのない方たちが住み慣れた地域に戻って暮らし続けることができるよう、院内だけでなく地域にも働きかけています。

今後の展望を教えてください。

この数年間は、特に、院内での「臨床倫理的な課題の解決」や、「意思決定支援の仕組みづくり」に力を入れてきました。

治療の場(臨床)では日常的に倫理的な課題や対立が起こります。たとえば患者さんの判断能力が低下し意思を表明できない場合や、治療チームの中で治療方針をめぐって意見の相違が生じた場合、いったん開始した延命措置をいつまで続けるのか、など、価値観の多様化や医療の高度化によって、何が正しいのか、何が最善なのかを決めるのは難しくなっています。

そこで、このような臨床倫理的課題について、治療チームをサポートするのが「臨床倫理サポートチーム」です。私はこのチームの運営メンバーをつとめています。依頼から3日以内に院内の多職種をそして時には地域の支援者を招集し、治療チームとの相談のなかで推奨コンセンサスの形成を目指します。人と環境は相互に影響を与えあっている関係ですから、患者さんやご家族の価値観や置かれている状況、様々な制度、地域の実情を把握するのが得意なソーシャルワーカーが臨床倫理サポートチームにいることが大事だと私は考えます。

「意思決定支援の仕組み」とは、患者さん本人がどのように生きたいかを考え、ご家族や医療チームと繰り返し話し合い、価値観を共有するプロセスのことです。いつか患者さんが病気の進行によって意思を伝えられなくなった時にも、今までの話し合いを参考に治療方針を決めることができます。また話し合うプロセスは、のちに本人に代わって治療の決定をするご家族の心理的負担を軽減するとも言われています。当院では、運用が始まったところです。私はこの仕組みが、ソーシャルワーカーが多く担当するような、障害や認知機能の低下によって自身の意志を表明しにくい方や、身寄りのない方たちにも役にたつのではないかと考えており、積極的に参画しています。

病院においてソーシャルワーカーは、医療職の中で働く唯一の福祉職です。合理性や効率性を追求し自己責任を重要視する医療に対して、公平性や社会連帯を基盤とする福祉は一線を画しており、だからこそ様々な背景を持つ人がやってくる病院にて求められているのです。今後も、医療の領域に身をおく唯一の福祉職として、より多くの患者さんとご家族の支えになれるよう努力していきます。

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日本社会事業大学は、厚生労働省の委託を受けて指導的社会福祉従事者の養成を行っている日本で唯一の大学です。80年という歴史のなかで多くの卒業生が、行政機関や福祉機関、そして医療機関で活躍してきました。社会福祉の理念を徹底的に学び、福祉専門職としての「根っこ」と「幹」を育てられる場所だと思います。児童、障害、高齢などの分野を問わずそこに流れている理念は共通しています。卒業して興味のある分野に進んだとき、知識や技術を得て大きく「枝葉」を広げるために、ぜひ選んでほしい大学です!

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