灯し、紡ぐ人

#15

豊かな経験が、諸問題への解を灯す Chapter 01

数々の部署での試行錯誤が
分野を超えた支援へとつながる

これまでのお仕事内容についてお聞かせください

私の今までの歩みは、大きく2つの時期に分けられます。

区職員の前半20年は、障がい者施設職員として、主にケアワーカーの経験を積みました。生活介護施設(通所)3カ所、主に重度障がい者といわれる方々の生活全般への支援に関わってまいりました。

施設での様々な経験のなかから、特に印象に残っているエピソードをお話しします。

私が最初に赴任した施設では、自力でたんを排出できないため呼吸がしにくいといった、いわゆる医療的ケアを必要とする方もいました。当時は障がい者施設等における医療的ケアに関する法制度が未整備な時期でした。そうした状況下においても、先輩方が「目の前の利用者さんのために」と模索・奮闘していた姿に、福祉職とはを考えさせられました。

また、知的障がいのある方々とのかかわりを通じ、行動や表情などで意思を伝え合う「非言語コミュニケーション」の重要性を深く学びました。言葉での意思疎通が難しい方も多く、「この人は私にどうしてほしいのか、私の話が伝わっているのか」という戸惑いや葛藤の連続でした。しかし、先輩方が相手の表情や仕草などを通してコミュニケーションを営む姿・試行錯誤する姿を見て、いつしか私も組織で培われてきた経験値等を踏まえながら、新たな手法等の研究・試行などを含めて考えるようになりました。自らの働きかけが相手に通じると自信を深め、より多くの取り組みにチャレンジしようという好循環が生まれたように思います。

その一方で、地域での生活を継続できず施設に入所された方とのお別れや、かかわりのあった方のご逝去という悲しい出来事にも直面しました。「希望する場所で、自分らしく暮らしたい」という多くの方に共通する願いがなかなか実現しにくい状況を肌で感じ、地域で生活できる拠点の整備や支援システムの構築を解決すべき課題としてとらえるようになりました。

区役所勤務の後半では、福祉関係を中心とする組織管理運営を経験。管理職として地域福祉課、障害福祉課、高齢福祉課等での勤務。その後、東京都立品川児童相談所への派遣を経て、児童相談所整備等を担当してきました。

障害福祉課長時代には、施設勤務時に感じた課題の解決に取り組む機会が与えられ、いくつかの施策を推進でき、福祉職としての職責を少しは果たせたかなと感じています。たとえば、地域のニーズに即した区立施設の建替えや、医療的ケアを要する方への施策の拡充などの取り組みに携わり、障害のある方やご家族が地域で自分らしく暮らせる環境の整備につとめました。

近年は、福祉分野の課題は高度化・多様化しており、引きこもりの50代の子を80代の親が支える8050問題など、一つの分野からでは解決が難しいケースも増えてきています。複合的な課題を抱える方々を支えるには、組織横断的な視点からマネジメントを行う必要があり、これまでに幅広く区の福祉に携わってきた経験が生かせているのではと思います。

励ましを受け、前に進む勇気を灯す
Chapter 02

葛藤と停滞のなかで見出した 自分らしくいられる居場所

日本社会事業大学を志望したきっかけを教えてください。

大学進学には、幼少期の体験が少なからず影響しているのではと思います。2歳前後に事故で左手親指を欠損し、物心ついたときからなんとなく周囲から奇異な目で見られていると感じていました。

例えば、「小学校の音楽の授業でリコーダーの半音が出しにくい」「野球のグローブがうまく扱えない」といった体験などから、「自分はどうして人と違うのか、なぜ自分ばかりがこんな上手くいかない思いをしなければならないのか」という戸惑いがぬぐえない日々でした。

そうした思いもあり、最終的に日本社会事業大学への進学を決めました。当時、地域福祉を専攻したのは、自分と同様の想いを抱く人、異なる背景をもった人に対して社会はどうあるべきなのか、答えを探りたいという思いがあったからかもしれません。

どのような大学生活を過ごされましたか。

入学してすぐにスポーツによる怪我で長期入院をしました。復学しても大学に自分の居場所がないと感じたことに加え、生来の怠け者の性格もあり、学業についていけず、いわゆる「准ひきこもり」のような学生生活を送っていました。自分としては何とかしたいという気持ちはあるのですが、【早く答えを出したい、良い方向に進めたい、周囲の方にわかってほしい】という思いが重なり、空回りをし、焦るあまりに周囲と衝突したこともあります。

そうした空回りの時期でしたが、幾人かの教職員の方々や友人、先輩方はそんな私を受けとめてくださっていたと改めて感じます。有形無形の励ましを受けて、少しずつ自分が自分らしくいられる居場所や過ごし方が見えてきました。そうした時間を通じて少しずつ自分らしく生きるを考え、この教訓から「大切にしたいことがあるならば、チャンスは逃さない、努力を惜しまない」ということは、この時期に学べたのではと思います。

改めて感謝しております。

新たな挑戦と次代への指針を灯す Chapter 03

責任を背負い現場に寄り添う。
区民の命と健康を守る
新たな目標も

酒井様が考える理想的なリーダー像とは、どのようなものでしょうか。

私にとって理想的なリーダーとは、周囲から信頼され、いざというときの判断を下した際でも、周囲の職員が私を信じ、ともに行動してくれる。という組織を束ねられる存在でしょうか。私たち行政の福祉職はいかなる状況下でも、支援対象者にとってその時点の最善の利益を導き出す支援を、組織的に遂行する必要があります。ゆえに、できる限り対象となる方々と直接やり取りし、関わる職員や関係機関と意思疎通を図る努力を惜しんではいけないと思います。そして導き出された結論をもって、組織を束ね、目標の実現に向かってぶれない姿勢を貫くことこそ、リーダーに欠かせない素養だと思います。

今後の展望について教えてください。

今春からは健康政策部の部長として、74万区民の方々の健康づくりや災害時の医療支援体制の調整という、重要な役割を担っていると考えます。還暦を迎えた現在でも、この分野では初心者であるため、まずは職務を正確に把握し、適切なマネジメントが行えるように取り組んでいきます。今後、重点的に取り組みたいのは次の2点です。

1点目として、緊急時における対応の的確性を担保する訓練の強化・充実を視野に入れています。災害時等は想定外の事態がつきものです。例えば、通信機器が使えない場合にどういう代替手段を確保しているか、その使い方が多くの職員に共有されているか(全員が集まれるとは限らない)、リーダー役が不在の場合に誰が代理をつとめられるか。二の矢・三の矢も想定した具体的な訓練を実行したいと考えています。そして、その訓練を通じて、その時々で最善を尽くせる、判断を揺らぐことなく遂行する自信を組織として構築していきたいと思います。

2点目は、人材確保・育成です。ここでいう人材とは、福祉職あるいは当部に配置される保健師さん等、区民の安全・安心やウェルビーイングの実現に向け、最前線で活躍いただく方々を重点的に考えています。この方々が自らの専門性にさらに磨きをかけ、より自信を持って職務に関われる環境を如何に整えていくかが大きな課題であると考えています。

その推進に際しては、改めて職員個々の想いも伺いながら、取り組みを深化させていきたいと考えております。
また、自ら思考し、常に具現化に努めるチャレンジ精神のある人材にも育っていただきたいとも考えています。

Message

福祉の仕事は、支援対象者との関係、職場環境、時代背景など、さまざまな要因が重なり、その時々で支援の到達点が異なります。たとえば先ほど述べた医療的ケアについては、かつては根拠となる法令もないなかで奮闘した先人たちの想いが、時を経て今の施策へとつながっています。
福祉の道を選ぼうとする皆さんは、人一倍「誰かの役に立ちたい」「誰かを幸せにしたい」という想いが強いのではないでしょうか。しかし、現場では「この支援を届けたい」としても、その時点では組織的に認められない、社会的にも制度化されていないといったこともあろうかと思います。そこでできなかった自身を責めたり、あきらめたりすることもあるでしょう。
「最初から完全なものはない、自身の気持ちや行動が、何かを動かす一歩になるかもしれない」。そう自分自身を受け止め、想いを抱き続けて社会変革につなげていく持続性こそが、社会福祉の発展に寄与するのではと考えます。
たとえその時々でやりたいことがすぐに実現できなくても、想いを抱き続けることが今を生きる私たちの使命であり、未来を創る大きな足掛かりになっていくと信じて。
大学時代は、自分が何をめざすかを試行錯誤できる非常に貴重な時期です。
その時点で答えが出なくとも、「今を生きるは未来を創る」。日本社会事業大学は、学生の方々を暖かく包み込み、育んでくれる居場所になるはずです。皆さんの今後のご活躍を期待しています。